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大阪地方裁判所 昭和47年(む)173号 決定

主文

本件忌避申立をいずれも却下する。

理由

第一、本件各忌避申立の理由

本件各忌避申立の理由は、申立人重宗次郎の作成した昭和四七年五月二三日付の忌避申立書および同月三〇日付の忌避申立補充書に記載のとおりであるが、その骨子は次のとおりである。

一、大阪地方裁判所第一〇刑事部裁判官児島武雄、同山中紀行および同河上元康は、被疑者荒木幸雄、同杉山時夫および同赤松昭雄に対する特別公務員暴行陵虐付審判請求事件(昭和四六年(つ)第一号、第二号事件、以下本件付審判請求事件という。)の審理を担当する裁判官であるが、その審理をするについて、次のような審理方式を採用した。

1  請求人側および被疑者側に対し記録の閲覧謄写を許可する。但し、これを一般に公開したり本件付審判請求事件以外の目的のために使用しない。

2(一)  請求人の審理立会は許可するが、一般公開はしない。

(二)  代表請求人三名(弁護士佐伯千仭、同松本健男および同樺島正法)は常時審理に立会しなければならず、他の請求人の立会は自由とする。但し、請求人側の事務局(告発を推進する会事務局)員二名(原則として特定のものとする)を請求人側が立会を許可された場合に書記役として在廷することを許可する。

(三)  請求人側、被疑者側のいずれも証人の取調請求をすることができる。

請求人側の申請証人の取調時においては、被疑者側の審理立会はさせない。但し、記録閲覧は許可する。

被疑者側が右記録に基づいて証人の取調を請求し、これを取調べるときは被疑者側のみ審理に立会わせ請求人側は立会させない。但し、記録の閲覧は許可する。

二、しかしながら、右審理方式は、付審判請求の制度の趣旨、その審理および裁判の目的、性格等に鑑みれば、違法なものであって、このような審理方式に基いて審理しようとする前記裁判官らにはいずれも不公平な裁判をする虞があるものといわなければならない。

1  付審判請求についての審理および裁判は公訴提起の前段階である捜査の一過程、すなわち検察官の行った捜査の延長ないしは裁判所による捜査の性格を有するものと解すべきであるから、その審理方式も捜査の基本原則である捜査の秘密の原則に則るべきである。従って、前記審理方式は、右の基本原則に反するものであることが明白であって、次のような不当な結果を招来する。

(一) 捜査の秘密の原則の最大の目的は被疑者および第三者の名誉、人権の保護にあるところ、右審理方式によれば、弁護士のほか国会議員、大学教授、一般教員、ジャーナリスト、評論家、著述業、医師、会社員、公務員、牧師等を職業とする六四名にものぼる多数の請求人全員に本件付審判請求事件の捜査記録の全部を閲覧謄写させ、かつ請求人のみならず「告発を推進する会」事務局員に在廷を許可することになっており、右請求人らに本件付審判請求事件について秘密を遵守させる法的手段のないことを考えると、本件付審判請求事件の審理について秘密が保持されない可能性は大きく、審理を実質的に公開するに等しいから、被疑者および第三者の名誉、人権を侵害する危険にさらすものである。

しかも、請求人六四名のうち、川田泰代(ジャーナリスト)、大園睦郎(団体職員)、本川誠二(教員)、行田良雄(大学教授)、長田夏樹(大学教授)、島元義枝(会社員)、佐古田英郎(弁護士)、片岡悦子(教員)、前田 (教員)、および岩井健作(牧師)は告発人でなく不適法な請求人であり、現在に至るまで右裁判官らは、右不適法な請求人ら一〇名について請求人から除外することなくその余の適法な請求人らと同様記録の閲覧謄写および審理立会を許可しているのである。

(二) 捜査の秘密の原則のもう一つの目的は、捜査を効果的に行ない、その公正さを保持することにあるところ、右審理方式によれば、請求人が捜査記録を全部閲覧したり、審理に立会い尋問することによって、付審判請求事件において取調べられる関係者の供述を既に得られている他の資料につじつまを合わせ、ことさら請求人に有利に歪めたものにする虞や、関係者の供述が立会った請求人に迎合する虞があり、その取調に立会できない被疑者としてはこれを抑止することはできず、このように捜査を効果的に行いえないばかりか、その公正さをも損うことになる。しかも、このようにして得られた供述調書は、刑事訴訟法三二一条一項一号に定める書面として高い証拠能力を有するのである。

2  以上のごとく、前記審理方式は、被疑者および第三者の名誉、人権を侵害し、審理の公正を損うものであって、違法なものであるといわなければならない。この趣旨は、次の諸判例が、明確に判示するところである。

(一) 東京地方裁判所昭和三九年九月三〇日決定(下級裁判所刑事裁判例集六巻九号一、一〇一頁)

(二) 東京高等裁判所昭和四〇年五月二〇日決定(下級裁判所刑事裁判例集七巻五号八一〇頁)

(三) 大阪高等裁判所昭和四五年三月五日決定(判例時報五九八号九五頁)

3  さらに、これまでの付審判請求事件の審理は、ほとんどすべて請求人の関与なく裁判所独自の記録審査と事実の取調によってなされている。

三、よって、付審判請求についての審理および裁判の性格を無視した違法な審理方式により本件付審判請求事件の審理を行おうとする前記裁判官らには、不公平な裁判をする虞があるといわなければならない。ちなみに、付審判請求事件においては違法な審理方式を是正するに有効な方法は忌避申立以外には見当らない。また、実質的にも、前記のとおり、事実の取調において歪められた偏頗な証拠資料を収集することになり、公平な審理および裁判を不可能にするものである。

第二、当裁判所の判断

一、一件記録によれば、次のような事実経過が認められる。

樺島正法は昭和四六年九月八日、松本健男および佐伯千仭ら六三名は同月一四日および同月一六日の両日、被疑者荒木幸男、同杉山時夫、同赤松昭雄および氏名不詳の被疑者数名に対する特別公務員暴行陵虐致死被疑事件について大阪地方検察庁の検察官のなした不起訴処分を不服として事件を裁判所の審判に付することを同検察庁の検察官に請求書を差し出して請求したところ、同検察庁の検察官は同月一〇日および同月二〇日右各請求を不適法ないしは理由がないものと認め、大阪地方裁判所に事件を送付した結果、本件付審判請求事件は大阪地方裁判所第一〇刑事部に係属し、現在における同部の構成員は、裁判官児島武雄、同山中紀行および同河上元康である。

請求人樺島正法、同松本健男および同佐伯千仭ら一八名は、昭和四六年一二月三日、本件付審判請求事件の審理方式について、「公開の法廷において請求人と検察官を対立当事者とし検察官のなした不起訴処分の当否について攻撃防禦を展開させる方式によること、またその必要上一切の記録や証拠を請求人に開示すること」を主要な内容とする上申書を提出し、請求人樺島正法および同松本健男は昭和四七年一月二六日から同年三月三一日までに本件付審判請求事件の捜査記録を全部閲覧謄写し(但し、その大部分は同月一五日までに閲覧謄写ずみ)、請求人六四名のうち五四名は同年五月二日弁護士樺島正法、同松本健男および同佐伯千仭を代表請求人に選任した。

他方、被疑者荒木幸雄、同赤松昭雄および同杉山時夫は、いずれも弁護人として、昭和四七年三月一四日弁護士大槻龍馬を、同年四月一九日弁護士重宗次郎を選任した。

二、刑事訴訟規則一〇条に基いて前記三名の裁判官が作成した別紙意見書によれば、同裁判官らが本件付審判請求事件について現時点において採用している審理方式は、申立人が同裁判官らが採用していると主張する審理方式にほぼ符合し、別紙のとおりであることが認められる。

三、忌避申立の理由は、要するに前記三名の裁判官が本件付審判請求事件について採用している審理方式は違法であって、この違法な審理方式によって審理を行おうとする右裁判官らには不公平な裁判をする虞があるというのである。

忌避の制度は、特定の具体的事件に関しその審理を担当する特定の裁判官につき除斥原因またはこれに準ずるような客観的事情が存在し、これによってその裁判官が不公平な裁判をする虞があると客観的に推認しうる場合に、当事者からの申立に基いてその裁判官をその事件の職務の執行から排除し、もって裁判の公正を確保しようとする制度である。従って、裁判官が事件を審理する過程において行う訴訟手続上の具体的な個々の行為がたとえ一方の当事者にとって不服であったとしても、それだけでは直ちに忌避申立の理由とならないことはいうまでもなく、また仮に裁判官の行為が違法であるような場合においてさえ、当該行為がその裁判官において予断偏見をもって一方的に偏頗な裁判を行おうとする意図があることによるものと推認する客観的合理的根拠となりうる特別な場合でない限り忌避申立の理由とならないのであって、これを要するに、裁判官の行為が違法もしくは不当であるというだけではその裁判官に不公平な裁判をする虞があるとすることはできないのである。また、付審判請求事件について違法もしくは不当な審理方式によって審理が行われる場合においてこれを是正するための不服申立の手段として上訴等の実務上確立した手続がないとしても、このことを理由として付審判請求事件に限り忌避の制度を別異に解したり、忌避申立の理由を拡張して解釈することは、忌避の制度を歪める結果となり到底許されるものではない。

そこで、本件付審判請求事件について前記のような審理方式を採用し、これによって審理を行おうとすることが忌避申立の理由となりうるかどうかについて判断する。もともと付審判請求手続は、司法審査と捜査の二面的性格を具有し、そのいずれに重点をおくか、その趣旨、目的、構造をどのように解釈するかは、説の岐れるところであり、その審理方法についても明文の規定がなく、申立人の指摘するような判例はあるものの、その審理方法自体についての法解釈を示した最高裁判所の判例もなく、学説上も研究論議は不十分で、未だ定説もなく、定着した実務上の慣行も確立されていない現状にある。このような状況のもとにおいて、前記三名の裁判官がその審理方法について慎重に配慮した結果、前掲審理方式を採用し、これによって本件付審判請求事件を審理しようとしても、これをもって直ちに同裁判官らが被疑者に対し予断偏見をもって一方的に不公平な裁判を行おうとする意図があると推認する客観的合理的根拠となし得ないことは明らかである。

なお、一件記録によれば、請求人六四名のうち申立人の指摘する一〇名については告発人ではなく、従って刑事訴訟法二六二条一項の規定に照らし適法な請求人となり得ないこと、これに対し右裁判官らが右一〇名の請求人を請求人から除外する手続上の明確な措置を講じた形跡のないことは、いずれも明らかである。しかしながら、代表請求人選任届の記載によれば、代表請求人の選任手続に適法な請求人五四名については一名を除くその余は全員加わっているにもかかわらず、右一〇名の請求人のうち川田泰代を除くその余の請求人九名についてはいずれも加わっていないことが認められ、代表請求人選任手続の前後には請求人も右裁判官らも右不適法な請求人を請求人から除外していこうとする意向のあることが窺われ、また今後右不適法な請求人を付審判請求手続から除外する手続上の明確な措置を講じることは十分可能であり、かつ、記録に徴しこれまでに右不適法な請求人が記録を直接閲覧謄写したり、審理に立会した事跡のないことなどを併せ考えると、右裁判官らが右のような明確な措置をこれまでに講じなかったからといって、これをもって右裁判官らが被疑者に対し予断偏見をもち一方的に不公平な裁判を行おうとする意図があると推認する客観的合理的根拠となり得ないことはいうまでもない。

そして、一件記録を精査するも、右裁判官らが本件付審判請求事件につき不公平な裁判をする虞れがあるとは認められない。よって、本件各忌避申立はいずれも理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大西一夫 裁判官 小瀬保郎 塚原朋一)

〈以下省略〉

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